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2006年11月29日

生きていることの一つの意味

猫ギター先生やウロコ先生、ゼスト先生に鹿児島の先生にかとくみ先生がブログを休止されるとのこと。

すごくよくわかります。

ブログは本当に時間をとられます。

再開させることをすごく楽しみにいたしております。



先日、大阪と福岡に行って来たのですが

その時に「ああ、あなたがりんご先生ですか」って何人にも言われたし

はじめての方に紹介してくださるときに

「えっと、けっこうマメにブログを書いておられるんですよ」

とかって言っていただいて

次の日にメールが来て「読みました。」ってあります。



こんなことブログを書いてないとありえないことなので

私には非常にメリットのひとつです。

つまり私という人間を知ってもらうのに役立ちます。

大きな塾をやってるわけでもないし

キャリアが長いわけでもない。

すごい経歴も持ってないし

本を出してるわけでもない。

そんなときにブログを1年半続けているというのが

なにかしら役に立つかなって思います。




もちろんそんなために書いてるんじゃないんですけどね。

なぜ書くのかというと本当は書くことが好きだからです。

私は文章を書くのが大好きなんです。

本当なら一日中文章のことを考え書いていたいくらいです。



大学生のころカフェテリアやなんかで日本人を見つけては

「ちょっと、ちょっと、」と言って自分が日本語で書いたものを読んでもらいました。

文学好きなアメリカ人を見つけては

「Excuse me!」と言って自分が英語で書いたものを読んでもらいました。

彼らは読んで感想を言ってくれたりしたのですが、

今から思うとなんていい人達だったんでしょう。



仕事をするようになり物を売ったりするようになってからは

あの時代は人生のひと時の輝いていた頃なのかなって思ったりしました。

残業して遅い電車に揺られて

前のひとが小説なんて読んでても

「すいませ〜ん」なんて言って自分の書いたものを出したりはしなかった。

あたり前ですけど。

(*注意:今から読むと当時のものは非常に恥ずかしかったりします)





そしてシンボルとかレトリックとかとはおよそかけ離れた世界をずっと生きていた気がします。

今だって大差はないのかもしれませんが

とにかく書くということが生活の一部として戻ってきたことが

何よりうれしく感じます。



だから忙しいのですが

時には内容はないのですが

私が存在しているというたったそれだけのことを示すためだけにも

今日も書こうと思います。

生きていることの一つの意味に相手に必要とされるということがあるなら

自分の書いたものを読んでくださるかたがいるということは

私が存在している一つの意味だと思う。




いや、こんなこと言ってないで

仕事しよう。

時間がないんだった。




では。


posted by りんご at 15:40 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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