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2008年11月19日

英語ってどうやってしゃべる?っていうか使い方って知ってる?5

言葉というのは例外が多いですね。
けどそれは文法を基準に考えるからであり
文法から英語を眺めたときに出てくる言葉ですね。
数学と比べても仕方ない。
暗記科目ってわけでもない。
いや単純に暗記だけでOKな科目っていうのはないですから。
もともと文法に則って言葉が作られたわけじゃなくて
文法は後から考え出されたものなので
便利だけれど考え方は別のところに持っておく必要がありますよね。

これは例外、あれも例外って教えていくとどうしても気が滅入ってきます。
確かに覚えることを絞って基本を作ってから例外を教えるというやり方は
非常に賢いやり方だと思います。
けど基本的な考え方は英語というのは俗に言う「反射神経」くらいに思ったほうがいいんじゃないでしょうか。
つまりスポーツです。百人一首とかそういうスポーツ(?)をイメージしたいです。



前回の1番目は1番目、3番目は3番目という決まりを身につけてもらってから2番目の使い方に移ります。


2番目は単独では使わずその後ろに名詞をくっつける。


これは日本語で説明したらわかってもらえると思うんです。

×Your likes her.
○Your brother likes her.

2番目は1番目に来るけど単独じゃなくてセットでくるってことなんですが

Your brother likes his sister.

というふうに3番にくることもありますがそのときもセットです。
まあ、これって釈迦に説法的な話で申し訳ございませんが仕方なく次へ。


練習

あなたの姉は彼が好き。
私の兄はあなたが好き。
私の父は私を好き。
彼女の母は彼を好き。
        以下省略



これをはじめは紙に書いて英語が瞬間的に言えるようにする。
講師が日本語を言って生徒がすぐに英語で言う。


こんな感じを繰り返すと一般動詞が1番目と3番目にはさまれたタイプの文章の型を身につけることができると思います。
繰り返しますがスピードが命です。



では。



posted by りんご at 21:28 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

英語ってどうやってしゃべる?っていうか使い方って知ってる?4

英語をしゃべるときに意識するのがスクリーンだ。
特にプレゼン的に話すときなんかは完全にスクリーンがある。
くだけた日常会話っていうときはそうでもないから
やっぱり「しゃべるぞ」っていう気合があるときかもしれない。


近松門左衛門の「虚実皮膜論」というのを高校生のときに習った。
このとき先生が演者と観客のあいだに膜があるんだよ的な説明をしてて
それがあってるのかどうかわからないけど
英語をしゃべるときのイメージに近い。


近松浄瑠璃の名作『曽根崎心中』『冥土の飛脚』『国性爺合戦』『女殺油地獄』などが掲載され、名文の鑑賞を主体にしたのが本書である。その後に「虚実皮膜論」が載せられているのに注目される。『難波みやげ』と題される浄瑠璃評釈書で、著者は穂積以貫とされるが、近松が著者に語ったことばを載録したものである。

 いわゆる「虚実皮膜論(ひにくろん)」である。芸術は虚と実との境、真実と虚構との微妙な境目に不思議な力がひそむことを説いているのである。「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也」「虚にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰が有たるもの也」実際に似せることも似せるが、役者は同時に美化もする。実像に寸分違わぬ写実に徹してしまうと、本物そっくりではかえって興ざめするものである。文学作品はは絵空事でも実録集でもない。

 優れた役者、真の芸術家はその匙加減、微妙なバランス・調和をとることができる。芸術・文学論として的を得たものとして、高く評価されるのがこの近松「虚実皮膜論」である。
「虚実皮膜論」(浄瑠璃作家近松門左衛門) - 瀬戸内の地域文学 - Yahoo!ブログ



そんなすごい話じゃないけど、まあ、スクリーンがあって
そこにこれから話すことをまず書いてそれを読むんですよね。
そして聞いたことを文字にしてそれを読んで理解します。
そんなまわりくどいことしてるのか?って思われるかもしれないけど
これは母国語でもやっていることだと思うんですが、どうでしょう?

小林秀雄が中原中也に飲み屋で会って中也が
ひとくちめのビールを飲んで
「あ〜、ボウヨウ、ボウヨウ」と言ったんですけど
そのとき小林秀雄は意味がわからなくて
「ボウヨウってどういう意味だ?」って聞くんですよ。
「茫洋たる大海の茫洋だよ」みたいに答えたって記憶があるけど
違ったかな?

そのときの小林秀雄の頭にはおそらくカタカナで
「ボウヨウ」って文字が浮かんでたと思うんです。
それで中也が説明してやっとそれが漢字に変換されて
「ああ、茫洋か」って意識されたんだと思うんです。
(あのときはもう二人の仲は険悪だったような気がするな〜)


ですからわれわれが言葉を聞いたら頭の中には漢字が流れてるというか
頭のスクリーンには漢字がざーっと流れてるんじゃないかなって思います。
けれどそれがすごいスピードなのでわからないんですよね。
意識しないというか。


しかし外国語の場合は意識しないとやっぱり話せないし聞けないですよね。
意識するっていうのはそのスクリーンを意識するってことです。
その存在とそこに字を書くということに。


その訓練をせずに会話練習を闇雲にしても
短期記憶のなかに単語を浮かべるだけで
しばらくするときれいさっぱり水に流されて
それこそ茫洋たる大海に運ばれて戻ってこないってことになるんじゃ
ないでしょうかね。

まずやることはスクリーンをつくること。
そしてその訓練のはじまりは人称代名詞。

どういう風に使うかというと
スロットマシーンのように代名詞を入れ替えます。


You like me.
They like us.
I like you.
You like her.
We like you.


これをすごいスピードで練習します。
あ、英語の学習に大切なことはスピードですよ。
これを書いてない本がたくさんあります。
っていうか書いてある本を知らない。
スピードが遅かったら何にもなりません。
スロットマシーンの数字のように
くるくると代名詞を入れ替えられるようにするんです。

先生の役割は日本語を言うことです。
あなたは私を好き。
彼らは私たちを好き。
私はあなたが好き。
あなたは彼女を好き。
私たちはあなたが好き。


ととにかく無作為にどんどん言って
生徒はそれを瞬間的に英語にしていくんです。
そうする過程において生徒が上目遣いになります。
彼らは必ずそういう表情をします。
そう彼らはそのとき自分と先生の間の皮膜に映った文字を読んでいます。

スクリーンをわれわれは誰でも持っています。
しかし通常は無意識の領域で動いています。
それを意識の領域に引っ張ってくるんです。
それが私の英語の学習の第一段階です。


ということでまた書きます。


では。

posted by りんご at 00:04 | Comment(3) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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