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2008年02月13日

塾はディズニーランドの隣り

もちろんディズニーシーがディズニーランドの隣りなんでしょうが

塾はやっぱり夢を売らないと、って思いました。


希望を与える場所でありたいと思います。

問い合わせとかで保護者の方と話していて

そう思うんです。


規模は小さくても信頼される塾

夢を売る場所でありたいな。







posted by りんご at 20:20 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

ブログの思い出〜さよならだけが人生だ

締め切りが重なっているけど

自分のために記録を残しておこう。




2年半ほど前にブログを始めたのですが

いや、もう今年の5月で3年になるのかな、

はじめたときはうれしくて

コメントを書いたりちょくちょく見に行ったり。

自分も記事を書くのに一生懸命で

それはけっこう楽しかった。

もちろん仕事という意味では今ではどうかとは思う。



けれどあのときに知り合った人と今でも仲良くさせていただいている。

結局、あのときから自分の行動範囲が広がり

人脈が広がり

この業界の理解が始まったといえる。



だからやっぱりあれは仕事だったんだと思う。

直接収益には関係なかったけど

あれは仕事だったし

今思えば今の人生の始まりまりでもあった。



あのとき仲良くさせていただいていて

今では自分で塾を始められたのは

抽象塾の菊地先生。

サチ先生。

さくら個別の拓先生。

フォークスのばし先生。

みなさん講師としては私より先輩だ。



それで私がいつもコメントを書いて

仲良くさせていただいていた先生が

今年度で塾をお辞めになると今日知った。

もう本当に残念で仕方がない。



一度お会いしたが、ゆっくりお話しすることができなかった。

それが今でも悔やまれる。

お電話では何度かお話させていただいた。




井伏鱒二の詩ばかり思い出す。


この盃を受けてくれ 
どうぞなみなみつがしておくれ
花に嵐のたとえもあるさ
さよならだけが人生だ






今日は昼間、よく晴れた。

まるで春のようだった。

夜から雨になった。




そうだ「元気ですよ」と伝えよう。




posted by りんご at 01:48 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

問題の本質を説明するよりそのものを見せる

前々から2月は開成中学の問題にしますって言っていたんですが

さて、どうしたものかっていう感じでここ最近考えていたのですが

2006年の100円玉の問題にすることにしました。



だから別に新鮮な問題っていうことではないのですが

「これはいいわ〜」って思います。

いや、その、100円玉の問題がですよ。



結局やっていることは

問題の本質を「見せる」ということだと思います。

複合的な問題というのは

子供達にとってただぼんやりとした

つかみどころのないものにしか思えないんじゃないでしょうか?

あたり前すぎますかね?

問題の本質を説明することはできても

それを見せることってどうしますか?

一度算数なり数学をやったものなら

単なる説明でもああなるほどねへ〜ああそうってなるのかもしれませんが

それがはじめての場合は

見せるってことが強いんじゃないでしょうか?

それがパズルだと思うのです(あっさり)。






難問というか良問というか、

そういうのはいくつかの問題が組み合わさっていて

それをひとつずつ分けるようにして

パズルに見えるようなものを作っていく。

イラレをさわったことがある人ならわかると思うのですが

レイヤーがたくさん重なっているんですよね。

ひとつひとつのレイヤーの問題を作ればいいんですよね。



例えば割算の筆算っていうのは掛算と引算の組み合わせですよね。

そして割り切れない場合は小数も加わってきます。

2桁以上で割るときは概数というか見当をつけるというのも加わってきます。

もちろん足算が出来ることは前提です。

それじゃ、割算のパズルを作りますね、っていうことを

はじめは考えていたんです。

けれどこれはまったく面白くない。



割算が出来るようになるためには

掛算のパズルと引算のパズルを練習して

まず簡単な割算の筆算からはじめるのがいいと思います。

そしてその次にはむちゃくちゃ簡単な

ホントに簡単な割算の筆算の虫食い算をして

それをちょっとづつ難易度を上げていくのがいいんじゃないでしょうか?

そうするといつの間にか普通に割算の筆算が出来るようになると思うんです。


って、実際に割算の筆算を教えるときにそんなやり方をしているんじゃないですよ。

開成とかの難しい問題を解くためには

そういう順序でやったほうが

センスとか頭の良さとかっていう単語を使わずに解けるようになるんじゃないでしょうか?




ところで2008年の灘中の問題を見てすごく類題を作りたくなりました。

これは近々やります。

ネタは尽きないですね。





では。






posted by りんご at 17:12 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月06日

短いけど、素敵な言葉

ずっと聞きたかったけれど

聞けなかった言葉。

短いけれど、素敵な言葉。

「合格しました。」




ああ、ほんと、クビがつながったよ。




posted by りんご at 23:16 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変えること

「1年ごとにすべてを見直せ!」と言われた。


新年度からはテキストの量を増やすことは決めているし


新しいタイプの授業形式も始めます。


DVDは撮り続けるし


テスト対策に外部も参加可にします。


チラシもカラーにしますし


予想問題も2月中に始めます。


他にも2,3ありますが


勇気がないので書かないでおきます。


とにかく今年は予想問題をつくりたいと思います。


問題を教えることができる、から


問題を作ることができる、になろうと思います。


パズルで過去問をやっていて目覚めました。




あと、エントランスとか変えます。


もうどういうイメージにするかは決定しました。




では。

posted by りんご at 19:25 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

近代音楽史と学習塾 その11

それで交響曲といえばベートーベン

ベートーベンといえば交響曲でしょうか?

とにかく交響曲というのはベートーベンが作曲のなかでも特別なものにしました。


そして彼が9番までしか作らなかったので

その後の作曲家はいろいろ悩むことになりました。

詳しくはないのですが、たとえばマーラー。


マーラーは気づけば8番まで書いてしまい

もうひとついこうかと思ったけど

まずいんじゃないかということで『大地の歌』ってことにしました。

ケン・ラッセルの『マーラー』という映画で

かれの苦悩はケン・ラッセル風(笑)に描かれてます。

関係ないですが彼の撮った詩人バイロンの話の『ゴシック』は大好きでした。

詩人のシェリーと奥さんのメアリー・シェリーがバイロンのお屋敷で

嵐の夜を過ごすのですがその夜にメアリーは『フランケンシュタイン』の着想を得たっていう話です。

どう考えても現代に通じてるのはメアリーの感性ですね、不思議だけど。



まあ、それはいいとして交響曲を思うとき

職業柄、私は総合塾を思い浮かべてしまいます。


そして私はとてもじゃないが交響曲を作曲なんてできないし

指揮することだって無理だって思えます。


私が出来るのは時代が流れて現代のポップです。

私にポップの感覚があるかっていう話はおいておいて

たとえとしてはそんなところです。


スケールは小さいですよ。



ところでショスタコーヴィチの面白いところは

ベートーベンの9番なんて関係なく

ずんずんいって15番まで作曲しました。

ソ連っていうのが関係してたんでしょうか?



ベートーベン以前は凄いです。

モーツァルトは41番

ハイドンにいたっては108番ですから。



ハイドン最高ですよね。108番って。

モーツァルトと24歳離れてますが

お互い認め合っていました。

たまにどっちの曲かわからない時がありますね。



ハイドンの方が年上なんですが

モーツァルトの死後、息子のカールの学費のめんどうをみたようなことが書いてありますね。




けど、総合塾が前時代的でこれからのものじゃないっていうことはわからないです。

ますます総合塾はその幅を広げていきそうな気もするし

どんどん増えていきそうな気もする。



だから私はそれに対抗してとか

だからかその逆をいってとか

そういうなんじゃないのかもって思ったりもする。



クラシックでいうと完全にそりゃ違うだろうって言われるかもしれないけど

アルゼンチン・タンゴの巨匠、アストール・ピアソラみたいなのが

すごいなって思う。



だからそれが具体的にどんなものなんだって言われても

全くわからないんですけどね。



う〜ん、何いってるのかわからないから、つづく。









posted by りんご at 23:16 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

近代音楽史と学習塾 番外編

歴史にはそんなに詳しくはないのですが

織田信長の長篠の戦いはすごく好きです。

とは言ってもそんなに知らないんですが

当時最強と言われた武田の騎馬軍団を

足軽鉄砲隊が破ったということがいわれます。

(あ、音楽関係ないので「番外編」にしています。)



鉄砲というのは当時最先端の武器だったと思うのですが

その最先端の武器のいいところは

武将が使ったのではなく足軽が使ったということだと思います。

足軽でも使えたってことです。

その武器を使うのに長い間の訓練が必要じゃなかったというところです。



学習塾でベテラン講師と言われる人や自認する人が

全国には多数おられるのですが

映像系のツールを賢く使うことによって

武将じゃなくても質の高い授業を提供できたり

成績を上げたりできるんじゃないでしょうか?


まさに「足軽」っていうのがいいじゃないですか。



こういうことを書くと「武将」の価値を低く考えてるって思う人がいるかもしれないので

誤解のないようにやっぱり書かないといけません。



例えばレストランですべてその店で作ってますというのは売りですが

そういうところに価値をおかない店はセントラルキッチンで作ったものを

店のレンジで暖めて盛り付けるだけっていうのがあったり

ハンバーガー屋でいくとマクドナルドとかだと

厨房を見てると高校生の男の子が手際よく働いて

ハンバーグとか作ってくれます。



「包丁の世界はマニュアル化できない」と私が生まれる前には言われていたそうですが

今ではかなりのレストランが熟練なしに料理を提供しています。



一方で味にこだわった店や高級料亭や一流シェフと言われるものは

ますますもてはやされている気がします。




どう考えてもどちらにも需要があると思います。





その上、「教育というのは人から人へのもので

映像教材とかマニュアル化とかそういうのとは対極にある」っていう人がいるかもしれないんですが

教育に関連する仕事だけが人に直接関わっているんじゃなくて

すべての仕事が人にかかわっているんですよね。



最近の餃子のニュースにしても

食の方がもっと密接に人に関わっているって思います。



私は教育なんて論じられないし

そんな教養もないんですが

塾というもので生活させていただいているので

この業界は好きも嫌いもなく

私の生きるフィールドです。

日本の教育がどうとか

いまの教育制度がどうとかまったく意見はないです。

ここは私のフィールドで

日本という国はありがたい国で

他国に比べて自由に受験に関与させてもらえます。



どう考えても今の日本の状況は夢のような状況で

今日、生徒たちと一緒に勉強できるのも

奇跡のようなものです。



私は「足軽鉄砲隊」のひとりで十分です。

今実際に「長篠の戦い」をやっているんです。

私には残業代なんかないですよ。

(あたり前だけど・・・orz)








それにしても鉄砲3000丁っていうのはすごいな、信長。




posted by りんご at 14:37 | Comment(1) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

近代音楽史と学習塾その10

ショスタコーヴィチは生涯にいくつの交響曲を作曲したでしょうか?

15番まで?

さすが。


いや、全然全部なんて聴いたことないですよ。

ただなんとなくショスタコーヴィチという言葉から始めたかったから

出しただけです。

このブログ自体、書くことを決めずに

オートマチックに書いてますから。




そういえば交響曲というのはひとりでは演奏はちょっとできなくて

オーケストラによって演奏されます。

それぞれの楽器をそれ専門の人が演奏しますが

だいたい70人〜80人くらいです。



大きな塾のカリスマ会長のお話を先日聞いたのですが

「君ら、しぼらなきゃ。

 生徒が数十人とか数百人の塾であれもこれもってそりゃ無理だよ。

 勝てないよ。しぼれよ。」


全くです。

けどなかなかしぼるのは怖いですね。



今さら自分がオーケストラを編成できると

私は考えているだろうか?

とてもじゃないが、無理です。




オーケストラといっしょにやりたかったら

そりゃ、ソリストになるべきですね。



弾き語りでいくのか

オーケストラを編成するのか

バンドを組むのかっていうのが選択肢だけど

もうひとつソリストになって加わるっていうのがあるんじゃないでしょうか?


ソリストはうえのどの3つとも組むことができます。




総合塾というのは規模が小さいと無理で

けれど案外やってしまいがちで

けれど弾き語りだったりするとできちゃったりするんでしょうね。

自分ひとりでやっている場合に限り個人総合塾は可能だと思います。

それは自分ひとりで小1から高3まで見るのですが

ひとりの生徒が小1から入ってきてずっと塾に来てもらうわけです。

そして大学受験までするというスタイルなら

個人でオーケストラを演奏していることになるでしょう。




ああ、交響曲について書けなかったので、つづく。







 







posted by りんご at 19:31 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私塾界2月号とどんぐりスクール

今日は塾の業界紙である『月刊 私塾界』が届いたのですが

どんぐりスクールの畠山一徳先生の連載を読んでイスから転げ落ちました。

「子どもが教わるのか、講師が教えるのか(下)」(P76−77)で

私のパズルのことを書いてくださってます。

もう光栄すぎます。



どんぐりスクールといえば知る人ぞ知るすごい塾です。

年に一日だけ募集を受け付けるのですが、

一瞬で定員が埋まってしまう塾です。

実績も半端じゃないです。

っていうかこの畠山先生がすごい方なので

私はアドバイスをいただいたりしています。



だからこういうところで畠山先生のお名前と塾名を出すと

入塾の競争率が恐ろしく高いので

狙っていらっしゃる保護者の方に怒られてしまいそうです。



どう凄いかは、また、別の機会に。





では
posted by りんご at 14:45 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月01日

近代音楽史と学習塾その9

ピアノっていう楽器はドイツ語では「ハンマークラビーア」ですよね?

張られた弦をハンマーで叩いて音を出しています。

モーツァルトやベートーベンがピアノソナタを次々に生み出していったのは

ピアノの発達と呼応しています。

鍵盤の数が増えて(音域が増えて)表現できる幅が増えました。

そしてピアノの語源になっているピアノ&フォルテっていう意味は

小さな音も出せるし大きな音も出せるっていうことです。



モーツァルトの初期のソナタは例えばチェンバロのために書かれています。(極端に言うとです)

チェンバロって弦を鳥の骨(羽根の骨?)で引っかいているんですよね。

だから表現の幅も狭かったんです。



っていうか、天才が音楽を変えたっていうより

楽器、つまりテクノロジーが天才を作った気がしませんか?

楽器の発達が作曲家にインスピレーション以前に

ステージを与えていますよね。

「さあ、これだけのことが出来るようになりました。

 これを使って何をしますか?」みたいな。


天才たちはそれでどんどん名曲を生み出していきました。

ショパンの時代ですらピアノは新しい楽器です。


坂本龍一が東京芸大大学院へ行ったのは

そこにしかシンセサイザーがなかったからって聞いたことありませんか?

YMOっていうのは楽器が作ったんですよね。

テクノポップというジャンルを作ったんですよね。



いままで塾で勉強を教えてきた多くの講師の前に

DVDカメラやYouTubeやその他の機材があるわけです。

好きに使っていいですよって。


映像を撮るためにテレビ局のスタジオに入る必要がない。

そんなシンセサイザーを演奏するために東京芸大へ入るみたいなことをする必要はないんです。


家電量販店に行けば安価で買えてしまうんです。



ショパンがエチュードを書きました。

ベートーベンがピアノソナタを書きました。

さあ、塾講師は何をしますか?





つづく





posted by りんご at 12:14 | Comment(2) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近代音楽史と学習塾その8

ああ、そうだ、そうだ、レコードがCDに替わるときに

「あたたかみ」がなくなるとよく言われたものだ。

けれどレコードだって生の演奏に比べたら

全然あたたかみなんかないじゃないかと思ったものだ。

「ノイズがなくなる」みたいなことも言われた。

あのパチパチいう音がいいとか

1回1回レコード盤に針を落とすのがある意味儀式なんだとか。

いま四半世紀経ってみるとそのときの議論が末梢的なことばかりだったことに気付く。

もっとも重要だったのは「デジタル」ってことだったんだ。

デジタルは複製が容易だってことだ。

今だったらCDのコピーなんてタダみたいなコストでできる。

だから今私は塾をやっていて

授業をデジタル化することに迷いがない。

自分が個別にした授業をタダみたいなコストで複製して

同時に何箇所でも見てもらうことが簡単にでき

好きなとき都合のよい時に見てもらうことができる。


「いや、やっぱり人から人に伝えるものなんだよ」っていう人は

レコードが普及してその後CDが普及して

音楽の演奏のライブの価値が変わったと思っているのだろうか?


人から人に伝えるものであることに変わりはない。

全くその価値を低くする要素なんてない。


デジタルというのはそのものに触れる機会を増やしてくれるんだ。

ライブの価値を下げるものでもないし

ましてやライブを否定するものでもない。


CDなんて持ってなくてダウンロードしてiPodで音楽を聴いていても

ライブがなくなったなんて話は聞いたことがない。

むしろ人間の欲求というのは対象を見つけてから発生するものだから

機会が増えることは勉強をもっとしたいという子を増やすことになると思う。




つづく
posted by りんご at 11:35 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近代音楽史と学習塾その7

音楽というものが変わったのは

録音技術が向上したからじゃないだろうか?

音楽が変わったというか、音楽のとらえ方が変わった、

または音楽の扱いが変わったっていうこと。



ウォークマンが発売された時は衝撃的だった。

いまiPodが同じようにスタイルを変えてしまっている。

確実に変えていますよね。

多くの中学生がiPod持ってますから。



1920年にエリック・サティが「家具の音楽」を作曲したけど

今ではまったくごく普通のことだけど

BGMというのを発明したのがサティって言ってもいいんですよね?

(どうせツッコミどころ多いので細かい話はやめてね)

誰が発明しようといいんですが

結局、音楽が家具のようになったのは

録音技術・再生技術が発達したからですよね。


レコードやプレイヤーというものの発達と普及が音楽のありかたを変えてしまいました。(あーあーそうですよ、その前に蓄音機がありますよ。エジソンは天才。)


それと同じようにいま学習塾で起こっている変化というのは

塾が学校の授業の一部を受け持つとかいうくらいの

制度とかしがらみとかプライドとかそういうくだらない話じゃなくて

学習のやり方を根本的に変えるような変化です。


先生が教室の前にいて黒板で授業するという

そして40人の生徒がノートをとったり手を挙げたり

起立・礼・着席をしたり

先生がつかみで昨日見たテレビの話をして笑わせて

それで自然に今日のテーマにもっていくとかいうのじゃなくて


黒板もないし、先生も実際にはいないし

クラスメートみたいな関係の人間もいないし

それでも同じように学習することができる、

そしてそれが学生にはクールだと受け止められる。



いずれほとんどの塾が映像系のものを入れると

どうなってしまうんでしょうね?

いいとか悪いとか、教育者は議論したりするんでしょうね。

(そういえばレコードからCDに替わるとき
 アナログかデジタルかみたいなことをみんなが言ってた。
 音に温かみがないからデジタルは嫌いだ、とか)

けどそんなこと議論しても仕方ない。

どう使うかと、自分は何をするか、しかない気がする。



どうしますか?


ねえ?





つづく

posted by りんご at 02:17 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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