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2006年11月01日

私にとってパズルはひとつの引き出し。

おや、日付が変わっている。

先ほどパズルマガジンを発送いたしました。

今回は木製サイコロ付きです。

今回は導入で12月号ではもっと頭の中でサイコロを転がしてもらいます。

展開図に数字を入れていくのですが

うちの生徒はハサミで切って答え合わせする子がいます。

絶対にあってるからしないって言う子もいます。




私は昔はどうだったとか、自分はどういうことをしていたとかって

あんまり書きたくないのですが

小学生の時はハサミとセロテープと空き箱があれば天国でしたね。



今でもよく息子に言われるんです。

「アンパンマン号作って」って。

よし、ってことで作ると次は

「モグリン作って」ってなる。

それでモグリン作るとまたアンパンマン号作って、ってなり

きりがない。



早く自分で作れるようになればいいのですが。



生徒がサイコロを作ってるのを見ていると

「ああ、これって算数だよね」って思う。

なんか計算したり暗算したりするのが偉いみたいなところがあるけど

実物を作ったり手に持ってクルクルしてみたり

そういうことって大事だ。



なにが大事かっていうと

生徒と立体を共有することができるところだ。

口だけで「立方体は〜」とかって言っていても

そもそも立方体を共有していないと話が通じない。

生徒によっては立方体は平面図でしかない場合がありますからね。

勉強できた人には信じがたいことなんですが。




一般的に先生と呼ばれる人は勉強が出来たひとが多い。

けれど勉強を教えてくださいっていう子は勉強ができないことが多い。



その差を埋めるには時には具体的な「モノ」であったり

パズルであったりするんじゃないかと思っています。




そうじゃない場合ももちろん多いけどわれわれは引き出しを一つでも多く用意しておくべきだ。

私にとってパズルはひとつの引き出し。

パズルの数だけ引き出しがある。



もちろん普通にも勉強を教えることはできる。

普通に教える方が私にとっては100倍楽です。



掛け算ができなかった生徒が

しだいに面積の感覚をつかんでいくときの醍醐味は

経験した人にしかわからない。








posted by りんご at 01:08 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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