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2006年05月04日

ブログはコンビニみたい


今夜の月は満月でもないし

半月にも満たない。

けれどそれでも月明かりが影をつくる。

それくらい暗いところに住んでいるのかと驚く。

見上げると星空だ。

5月になってカエルの鳴き声がすごくなった。

耳を澄ませると360度どこからも聞こえ

水を張った田んぼに響いている。



ブログをはじめておよそ1年がたった。

去年の今頃は長女の出産でばたばたしていたけれど

成り行きでブログを始めることになった。

まだブログを仕事だとは言えないし

仕事に役立っているとも思えないのですが

まだしばらくは続けたいと思っています。



長男の妊娠がわかったころに塾を始めたので

意識してなくても節目ってあるんだろう。



さっき車でコンビニへ向かう途中、

「ブログはコンビニみたいだ」って思いました。

そして「ブログは孤独を遠ざける」とも。

日本のどこかで誰かは必ずブログを更新していて

孤独をまぎらわすのには便利だ。

必ずそこには誰かがいて

コメントを書き込めば返ってくる。

たとえそれがムダ話でも

コミュニケーションをとった気分になる。

そして知り合いがひとりふえた気分になる。

本を閉じてPCの画面に見入る。



私自身はブログを文章修行だと思ってはじめは続けていました。

ブログを書いていて失った時間は多いかもしれないけれど

書きはじめる前よりもずっといい。



私は学生の頃はA4のコピー用紙を買って来ては

500枚を文字でいっぱいにしようと思って書いていました。

来る日も来る日も書き続けました。

500枚がなくなればまた別の500枚・・・。



けれど仕事をするようになりほとんど書かなくなりました。

保護者向けに文章を書く以外はほとんどありませんでした。

書くことと仕事が結びつくことはありませんでした。



けれどブログはその接点になりました。

驚きました。

はじまりの頃のブログを今でも覚えています。

「シンボルというものから遠い生活をしていた。

 けれどこれからはシンボルを身近に感じる生活が始まる」

という内容の文章です。

書いていたときの高揚感を今でも覚えています。

それがちょうど1年前です。

「そうか、私は言葉を書いてもいいんだ!」って思いました。

書き言葉はシンボルに満ちあふれていますからね。

シンボルのない生活を10年送ってやっと戻ってきた気がしました。

ホメーロスのオッデセイのような感じと言えば言いすぎですけど。



そして先日ブログを英語で書くことを思いつき

「そうか、私は英語で書いてもいいんだ!」って思い

恐る恐るタイプしています。

「それは何のため?」って思うけど

日本語でブログをはじめたときも

何のためになるかとか

目的があったわけじゃない。

書き続けていくうちに気付くものだ。

そう、書くということはそういうものだと思いませんか?

書いているうちに何が書きたかったのかわかるものじゃないですか?

違うのかな?


ブログはコンビニみたいっていうことで書き始めたらこうなった。

けど、世界中にコンビニという形態は広がると思う。

ブログを書いたり読んだりすることは

深夜のコンビニに似ているって理由を書かなかった。

それは直接言葉を交わすわけではないけど

その場にいることで安心したりする。

見ず知らずの人がその時間に起きていて

何かをやっているというだけで

何かを共有した気分になる。

そういった理由からです。



では。


posted by りんご at 22:24 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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