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2006年03月01日

頭脳明晰・・・

だいたいいつも欠かさずに読んでいるのですが

Kamiesu先生の話は鋭い。

しかも後ろから鈍器で殴られるような感じもする。

鋭さと力強さが一体になっている。

今日の「教えない方が伸びる」は素晴らしい。



先生の経験(もしくは直感、もしくは思考)から得られたエッセンスを

惜しげもなく公表されている。

まさに必見のブログだと思う。

「私なら絶対に書かない・絶対に秘密」ということを

過去何度か書かれていて

それ以来欠かさず読ませていただいている。


まさに今回の記事はそれだ。


例えば

>少ない言葉でポイントを押さえるよう言葉を吟味する習慣が必要だ。

>もっというと、できるだけ教えない方がよいとも思っている。つまづくべきところはしっかりとつまづかせ、苦心させた方が、知識の歩留まりがよいからだ。

>導入→スンナリ→スンナリ→一瞬定着→忘却

>こんなイメージがある。

>導入→カオス→カオス→カオス→定着→3ヶ月保証

>こんな風に授業を進めたい。






・・・天才か?



私はこんなことを人から教えてもらったことがないし

自分では気づけなかったと思う。

Kamiesu先生は、大手塾で教えられているそうだが

その下におられる先生たちは

毎日このようなことを学べてうらやましい限りだ。

私の講師としての数年間の経験なんて

このひとことの前では大正時代のテクノロジー並みに思えてくる。




ああ、すごい。


奥がふかいな〜





これからもよろしくお願いいたします。


posted by りんご at 22:36 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雑記


こんにちは。

いつも頭ではわかっているのですが

変化するとは手放すことです。

5メートルの高さから海へ飛び込むみたいにドキドキします。


今までの安定を捨て

今までのやり方を捨て

今までの考え方を捨て

何の保障もないものをかわりに抱えることです。



ああ、不安だ。

けれどやるしかない。
posted by りんご at 16:50 | Comment(2) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨日でお別れだった子達へ〜人生は運送屋さん

合格おめでとう!

今日からはもう塾生じゃないね。

そして4月からははれて自分が望んだ高校や大学の学生になる。

本当はもっといっしょに勉強したかったけど

私の塾は単なる通過点だと思っているからしかたない。

私の塾を去っていくことは君達の前進だ。

4月からはまた君達は多くの人と出会うはずだ。



両手を広げてみよう。

そして抱えられるだけの荷物を持ってみよう。

君達はそんなようにいっぱいの荷物をもって生きている。

新しいものを持とうとすると

何かを手放さなければいけない。



今までいっしょに歩いてきたから心残りがある。

けれど思い切って手を放そう。

そして新しい荷物を運ぼう。




ところで生きるというのは「運送屋さん」みたいなものだ。

丁寧に運んで笑顔で届ければ笑顔が返ってくる。

長い間、ひとつの荷物を運んでいると

それが自分自身に思えてくる。

しかしその荷物は君じゃない。

荷物は誰かを喜ばせるために運ぶものだ。



これから時々、運ぶものがないときが来る。

それは誰にでもやってくる。

運送屋さんなのに運ぶものがない。

君はすごく不安になる。

私だってちょくちょくそんなときがある。



けれど何も運ぶものがないときは

君の笑顔を運ぼう。

つらいときはそのことを思い出してほしい。

そう、君は運ぶものにこだわりすぎてたんだ。

高い荷物、おもしろい荷物、好きな荷物と選り好みしすぎたんだ。



我々は運送屋さんなんだ。

君の運ぶものは君自身じゃない。

君が笑顔を届け

笑顔を受け取ることを仕事にするなら

つらいことがあっても

間違った方へはいってないよ。



もうお別れだけど

笑顔でお別れできてよかった。

君達は立派な運送屋さんだった。

一生懸命笑顔を運んでくれた。

私の塾にはもうたくさんの笑顔が届いたよ。

ありがとう。

もっともっと多くの人に

君達の笑顔を運んで欲しい。





じゃあ、またね。
posted by りんご at 10:10 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ところでどうして私は塾をやっているのか?

私が初めて塾でお仕事をさせていただいた時のことを今でも覚えています。

集団授業のクラスについていけない生徒に数学を教えるというものでした。

彼女は中3になったばかりでもうその塾へは2年間通ったことになります。

しかし分数も理解していなかったし

計算の順序もわかっていませんでした。

当然、数学の点数はひどいもので数学が大嫌いだったそうです。


私は彼女の状況がすぐにわかったのでとりあえず小学校の範囲から教えなおしました。

そんなに難しいことではないのです。

ただ順を追ってやればいいのです。

授業が終わったとき、彼女は満面の笑みを浮かべて「ありがとうございました!」といいました。

次回彼女に会ったときには友達を連れてきていました。

どうやらその友達も数学が怪しいらしい。

それから来る日も来る日も私は数学を教えました。



つまづいた子には個別で教えてあげるのが一番だな〜とそのとき思いました。

私はそのとき「個別指導」という言葉やシステムの塾を知りませんでした。



集団授業では理科を受け持っていましたが

授業が終わってからは個別にできない生徒を見ることにしました。

それこそ5教科すべて教えました。

もちろん残業代などはつきませんでした。

私はただその状態をほおっておくことができなかったのです。



別に連立方程式や解の公式を知らなくても

この世の中を生きていくことはできます。

けれど「勉強はさっぱりわからない」という思いのまま成長して欲しくありませんでした。



「勉強はあんまり出来なかったけれど、塾の先生に教えてもらって

 数学だけはわかるようになったぞ」って思えるようになって欲しかった。

その彼らの「わかる」とか「できる」というレベルはたとえ低くてもいい、

ただ彼らに「やれば出来た」という体験をしてもらうことが非常に大切だとおもいました。



一斉授業の塾は1年で辞めることになりました。

そして自分の塾を始めたのですが

前の塾で「やれ」と言われたことのすべて逆をしました。

徹底的に逆をしました。

そうすると生徒達の笑顔をたくさん見ることが出来るようになりました。



私は「個別指導」という言葉も知らずに自分の塾を始めました。

やっていて周りの人が「それは個別というんですよ」と教えていただいた。

呼びかたは重要ではありません。

そして形式すら本当は重要ではありません。



今回、私の塾は個別とも呼べないようなシステムをとることになりました。

すべてはわからないことをわかるようにするためです。

生徒の成績をあげ、志望校に合格させるためです。




私のところが塾と呼ばれなくてもいいです。

いっしょに勉強しましょう。

目標にむかって。



またよろしくお願いいたします。
posted by りんご at 01:14 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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