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2006年02月03日

もっと遠くを見たい。



実は最近ずっと不調だと思っていた。

もう絶不調だと思っていた。

日本各地におられる綺羅星の如く輝く塾長ブログを読んでは

もうずっと落ち込んでいました。



けれどどうも違うということに気付いた。

今日ある先生からメールをいただき

私の言いたかったことの本質をズバリとついてこられた。

さすがだ。

ああ、伝わってるんだな〜って思った。

そう思うともう小さなことにこだわるのやめようと思った。



3年後をいつも考えて今を生きたい。

今のところ3年後しか想像していない。

もう少ししたらもっと大きな目標を掲げたい。

10年後のことを聞かれてもなにも答えられない。



もっと具体的にいきたいものだ。

まったく将来の設計図が出来上がっていない。

今日の今のことにこだわりすぎないようにしたい。

もっと遠くを見たい。




(今日はサクサクっとパズルの勉強をした。

先人の作った全体像をぼんやり見ることができた。

学習というものに活用するなら

多くの種類と量が必要だ。)



それでは、またよろしくお願いいたします。


posted by りんご at 21:18 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雪が降ってきた


もうそろそろすべての試験が終わったろう。

今日は朝から寒かった。

さっきから雪が降っている。

朝じゃなくてよかった。



みんな風邪なんかひいてないかな。

報告待ってます。
posted by りんご at 14:45 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学年が上がるごとに「おもしろくない」という声がでる理由を知っていますか?


先日、とある社長とご飯を食べてたらおっしゃってた。

「何をやってもマネする人は出てくる。

 けどマネされても本質まではマネできない」

という話だった。
 
あいつがやって上手くいったんだから自分もやれるという心理がはたらくらしい。

そうやって上手くいくケースもある。

けれどその後の発展がないそうだ。

動機が違うんだと思う。

「なぜそれをしないといけないのか」というのがはっきりないと続かないだろう

単に「儲かりそうだから」というのは一時的に儲からなかったり

困難に直面すると弱い。

しかも他にもっと儲かりそうなことが出てきたらそっちへ行ってしまう。



上手くいくケースは自分ももともと捜し求めていて

人のやっていることを見てヒントにする場合だけじゃないだろうか?



パズルに関して言えば(儲かるなんて思ってませんが)

儲かるかも、ブームに乗ろうってことだけで10年続けられないと思う。

おそらく1年も続けることができないはずだ。

ブームなんてもともとたいしたことなかったし

そんなものもうどっかへ行っちゃったって思ってる。

この1ヶ月あまり大きな書店には行ってないが

パズル関係の本がどんどん出版されたようには思わない。




パズルとかって言ってるとチャラチャラした印象を与えるかもしれないが

ほとんど気にしたことがない。

あと1年で私は専門家になるし

3年で日本で一番有名な迷路教材作家になる。

そのときには誰も容易には追いつけないところにいる。



あれもこれもやってる人や

副業でやってる人なんかに負けるはずがない。

「才能」?

そんな言葉が有効なほど成熟している世界ではないと思っている。

世界は確かに広いし

日本だってかなり広いのがブログをやってわかった。



ところで教材を作るときにひとは何を考えるのだろうか?

たとえば「5+3」っていうような計算問題を並べるときに

作者は何を表現しているんだろうか?

「5+3」の次は「7+2」だろうか?



まだ小学校1年ならいいのだけど

学年が上がるごとに「おもしろくない」という声がでる理由を知っていますか?

本質的なことを書くと

「そこに表現がないからだ」

ということに尽きます。

「表現って何か?」

それは作者の自己表現のことです。

自己との対話の過程が刻み込まれているかどうかです。


世の中には残念ながら何十万羽というブロイラーが一ヶ所で産んだ卵のような問題が多く流通しています。

特別の卵をつくるように

パズルと迷路で教材をつくりたいと思っています。

どんなにマネされても

自己表現のレベルに達していないようなものは

いずれ消え去ると思っています。

「5+3」で子供と対話できるような

そんな教材をつくりたい。
posted by りんご at 10:26 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

「成功」は過去、生徒の入塾もすべて過去〜松江塾のごうまじまじ先生のブログを読んで


朝からごうまじまじ先生が凄すぎた。

「1.経営判断を誤らない・・・」という記事だが

もうみなさんは読まれましたか?


>「成功」は全て過去だ。

>生徒の入塾は全て過去だ。


いい言葉ですね。

昨日と同じことをやればとりあえず上手くいくって考えるのは、

前を見ずに車を運転することと同じですよね。

それとも前を見ているつもりでもバックミラーばかりのぞき込んでいる。

車を運転するときは前を見ないといけない。

そして常に目的地を思い描かないと。

バックミラーを見ながら運転すると必ずぶつかります。


いつも「過去」は簡単だ。

「あの時こうしておけばよかった。」

「なんであの時、わからなかったんだろう?」

「もっと勉強しておけばこんな点数にならなかったのに」

「ちゃんと生徒募集しておけばよかった。」

「イエーイ、成績あがったぜー」

「生徒がこんなに増えました。」



すべては流れ去る風景だ。

車窓から見えるのは美しい冬の山

都会の雑踏

ぎゅうぎゅう詰めの通学バス

手を引かれてよちよち歩きの子供


目的地へたどり着くのには、無数の選び方ができる。

「AからBを通ってCまでいくのは何通りありますか?」

無数だ。

我々には無数の選択肢がある。



横断歩道で人が止まっている、飛び出さないかな〜

あの車凄いスピードでこっちに来る、危ないじゃないか、

おっと信号が変わりそうだ、止まろう、

うわ、ガソリンがないし、オイル交換もしないと、

いいな〜あの車、絶対にいつか買うぞ、

こっちの道にしとこっかな〜

ナビはいつも最良の道を教えてくれるわけではないし、

そうだ、コンビニでお茶買って行こう・・・



朝が来て夜が来るものだから、

ついつい人生は「通勤」みたいに同じ道を

毎日行ったり来たりするように勘違いしてしまう。



毎日同じ道を行ったり来たり通勤しているからって

人生までもが繰り返しだと思うとどこへもたどりつかない。



「旅」という言葉は照れくさくて普段使わないが

生きること、経営することっておそらく

"commuting"や"moving around"や"floating"ではなくて"traveling"だ。



今度タクシーの運転手に行き先を聞かれたら

ちゃんと答えられるようにしたい。
posted by りんご at 10:31 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

すべての力を出し切ろう!


よく今日までがんばって勉強しましたね。

明日とあさっては君たちの力を見せるときだよ。

今日は雨だったからおそらく雪にはならないと思う。

けれど足元には気をつけてね。

今日は明日の準備をして早めに寝よう。

明日の朝はいつもより早く起きて

自分の将来を決める日の朝の空気を味わおう。

玄関のタイルを見よう。

はきなれた靴を見よう。

今まで毎日見てきたはずなのに

違って見えるよ。

君の靴は命を持っているように思えるだろう。

かばんの中の筆記用具や受験票を確認したら早めに出発だ。

「行ってきます」って大きな声で言うんだよ。

絶対に言うんだよ。

近所の知ってる人に会ったら挨拶しよう。

「おはようございます」って言えばいい。

会場についたらもう大きな声を出しちゃいけない。

覚えたものが飛んでいってしまうよ。

心を落ち着けて冷たい空気を吸おう。

世界中が君のことを祝福していることに気づくはずだ。

堂々として試験官の「はじめ」の合図を待とう。





合格を祈ってます。
posted by りんご at 21:12 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

倉庫を探していたら見つかった


倉庫といえるほど立派なものではないのですが

昔の教室を倉庫代わりにして使っています。

探し物をしていたらずっとさがしていた教材が見つかりました。


お受験の教材だ。

買うと高いので買わずにいました。

っていうか昔買ったんだから探そうと思ってたんです。

よかった。

そうしたら同じサイズの教材が他からも出てきて

得した気分だ。

塾を始めた頃に買ったものだ。




そんな他愛もないお話でした。

さて、仕事しよう。
posted by りんご at 12:56 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


とりあえずお昼にしよう。

やることが山盛りだ。
posted by りんご at 11:32 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルピスウォーターと迷路にこだわる理由



私は昨日、何かを発見した。

恐らく「変換」というカギだ。

それは「カルピスの原液」くらいに濃いものだから

教材としては不適当だ。

一部マニアもいるがどうかな・・・



やはり私は「カルピスウォーター」を売らないといけない。

それも「ちょっとこれ薄くない?」というくらいのものを。





ところでこの前の教材展ではパラダイムの転換があった。

使う立場から作る立場へ、

買う立場から売る立場へと。

そしてまた昨日はもっとはっきりと転換したと思う。




今まで塾用教材を見ていて

「味もそっけもない」などと言っていたが

それはそれで十分なんだということに気付いた。

一歩下がって先生が教えやすいもの

生徒が使いやすいもの

販売店が売りやすいもの

長く売れるもの

そう考えるとあのような形になるのは仕方のないことだ。



けれど、けれど、けれど、



けれど、もちろん、だからそれと同じことをすればいいか

っていうことにはならない。

何のための「迷路とパズル」だい?

何のための「りんご」なのか?

何のために塾をしているんだ?

何のために教材を作っている?

何のためにブログを書いている?

何のために?

何のために?




勉強のための勉強っていうのは必要な時期もある。

けれどいやいややらされているものに

高い生産性や効果や成果というものはのぞめない。

「おもしろいな」とか興味をもってやったことが

結果的に学力をつけていたというものを提供したい。



わかりやい例では本を読むのが大好きな子がいるとすると

その子は人目を盗んでは本を読み

隙間の時間を見つけて本を読む。

そんな子は国語の勉強をしなくても

ある程度平均した点数をとることが出来る。

その子は勉強してるつもりなんか全くなく

自分の興味を追求しているだけだ。



つらい思いをして成績を上げることの尊さもある。

努力の大切さを教える必要もある。



私の仕事はそういったことの前段階で

勉強に必要ないろいろな基礎的な力を

迷路やパズルに熱中することによって身につけてもらう手伝いをすることだ。




だから私は低学年にこだわるし

迷路やパズルにこだわります。
posted by りんご at 10:07 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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