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2005年12月26日

少し忙しさに甘えているかもしれない




仕事をするのはあたり前で

時間通りにやって約束守り

コツコツまじめに誠実には

やっぱりあたり前だ。

それではみんなと同じ、その他大勢だ。

私は冬講だとか雪だとか年末だとか言って

大切なことをわすれてやしないだろうか?


今日はローマ字の教材の応用編を送るが

もっと付け足すことはないのか?

もしもこれが出版されなくても

その次その次とチャレンジしていけるだけの

アイデアの蓄えがあるのか?


もう本当にあまあまではないのか?


もっとちゃんとしよう。


posted by りんご at 23:34 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ディープインパクトと笑い飯と学習塾




やっぱり昨日の「M-1」のことを考えてしまう。


最後、笑い飯とブラマヨの違いはなんだったのか?


もちろんテクニックではみな同じレベルだったんでしょう。


けれど南海キャンディーズが全く話にならなかったように


「M-1」の決勝というのは「ネタ」の占める割合が


非常に大きいのではないでしょうか?


決勝の麒麟のはなんだったのでしょう?


私には漫才に思えませんでした。(麒麟は大好きです)


実力は3組とも凄いと思います。


誰が優勝してもよかったと思います。


なぜ麒麟や笑い飯が勝てなかったのか?(どちらも凄いですよ)


4分という短い時間なら


テクニックよりもネタなんでしょう。


最初から千代の富士のような押し出しが必要なのでしょう。


前褌とったらそのまま土俵の外へ一直線。


武豊&ディープインパクトが敗れたように


後半に盛り上げようとする技は決勝では通用しないんだと思います。


実力差があるときにのみそのような作戦も有効であって


実力が拮抗しているときにははじめからとばしたものが勝つんじゃないかと思いました。



え?!


塾なんてどこでも同じで


たいした差別化もできないならば


1〜3月の生徒募集がすべてなんではないか?


はじめからとばしていくほうが絶対に有利じゃないか?


間違えてもディープインパクトのように


最後のコーナーを曲がってから


全員をゴボウ抜きにしようなんて作戦は


塾の業界では通用しないような気がします。
posted by りんご at 16:59 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昼すぎても雪が降り続く





降り過ぎだ。


誰に文句も言えないが


降り過ぎだ。
posted by りんご at 14:23 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウワー、朝だ。雪がまた降ってる。




朝、また降り始めた雪の中

塾へくるとうれしいことが2つもあった。


ひとつはある塾長から素敵な贈り物だ。

《その1》とかって書いてあるから

いずれその2が出るのかな。

こういった誠意に対しては

こちらも誠意で対応したい。

たとえブログ上であってもだ。



もうひとつはまた塾長からで

こちらはメールだ。

う〜ん、ナイショにしておこう。


では。
posted by りんご at 09:58 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今やりたいことはたくさんありすぎて、死ぬまで手一杯です、だから「これをしたら儲かりますよ」って話は生まれ変わったらやろう 2




さっきは話がそれてしまった。


多少、生活に困っても好きなことをやろう


って思うのはなにも高校生のときに思ったからではない。


企業の事件が起こったときに


明らかに違法であるとか非道徳的だとか非人道的だと思っても


生活のために、会社のために、今月の成績のために


「まあ、いいだろう」と思ってやってしまうってことが


多いように思ったので書きました。



「鉄筋の量を減らしてもコンクリートで固めてしまえばわからないだろう」


っていう発想は仕事が好きな人の発想ではない。


建築が好きな人の発想ではない。



好きなことを仕事にしていたら起こらないことだ。


そういう意味で好きなことを仕事にしたいと思っています。





それでは、また。
posted by りんご at 00:43 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今やりたいことはたくさんありすぎて、死ぬまで手一杯です、だから「これをしたら儲かりますよ」って話は生まれ変わったらやろう





多少、生活に困っても

好きなことをして生きていこうと思ってます。



こういうのは高校生のときによく考えたことでした。

ロックとかパンクとか聴いてると

自然にそういった考えに感染した。



「Tレックス」のマーク・ボランが言っていた。


「もしも人類が滅んだ後、宇宙人がやってきて

 レコードを聴いたときに私のアルバムを

 ビートルズと同じように感じてくれるだろうか?」って。


もう20年前の記憶だから定かではないけれど

自分の音楽が他の偉大なミュージシャン達と同じように

未来でも評価されるだろうか、ってことだったと思う。



時々、テレビのコマーシャルから流れるマーク・ボランの曲は

ビートルズと同じように聞こえるだろうか?

先入観の全くない中学生が聞いたときに

どう思うだろうか?



スライ・アンド・ザ・ファミリーストーンだってそうだ。

オーティス・レディングだってそうだ。

みんな早く死にすぎた。


中原中也も梶井基次郎も中島敦も

レイモンド・カーバーもフラナリー・オコナーも

ガルシア・ロルカだって

もっともっと長生きして欲しかった。



私はずっと時間の無駄遣いばかりしてきた。

一日でも多く生きて

ひとつでも多く作品を作りたい。
posted by りんご at 00:05 | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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