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2005年10月20日

よ〜し

選挙の手伝いが終わった。


あと家の用事をかたつけたら


迷路の作成だ。




では。


posted by りんご at 13:27 | Comment(2) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

知り合いの方に断片を送信

チラシはありふれてなかったみたいだ。


よかった。


早速のコメント恐縮いたします。


本当に助かりました。



お礼にオリジナルを



PDFで送信いたします。


反応をまたお知らせいたしますので


あわせて参考にしてください。


それでは。


(私信でした。
 申し訳ありません。)
posted by りんご at 10:01 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チラシを送信。

さっき、やっとのことでチラシを完成させました。


今回のは内容としてはすごくいいと思ってます。


戦略的にもばっちり。


そうか、この方法があったかって感じです。


ごめんなさいね、いつも。



こんなところですから詳しくは書けません。


そうだ、あの塾を始めた人に参考にしてもらおう。


おせっかいかな?



また、よろしくお願いいたします。


しばらくはこんな感じがつづくかも。


やるべきことに立ち向かわないといけませんから。




では。
posted by りんご at 00:56 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月19日

予約しましたー!

みかみ先生の本をさっき予約しました。


非常に楽しみです。


私のところは化学は教えませんが


パソコンの前に飾って


つらくなったときや


負けそうになったときに


それを見て


「がんばるぞー!」


って気合を入れようと思ってます。



はじめからそういう使い方っていうのも


失礼ですが


みかみ先生なら許してくださるでしょう。



ということで


早く本が届かないか


すごく楽しみです。



では。
posted by りんご at 21:29 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ヒキョーな化学』

こんにちは。


とうとうみかみ先生の参考書

11月1日に店頭に並ぶそうだ。


私はこれから予約します。



がんばらないと。


ただのホラ吹きにならないようにします。



けれど、先生、おめでとうございます!!!
posted by りんご at 19:44 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あたらしい迷路を思いついてしまった!

マジヤバです。

選挙の手伝い行ってお腹いっぱい

気持ちのいい秋空の下

車を運転していたら

新しい迷路のアイデアが5つくらい降りてきた。

しばらく口を大きく開けたまま運転していた。

前を走る人のバックミラーに

私の大きくあいた口が写っていたが

あまりのすごさに口を閉じる事ができなかった。


早くノートに書きたいので

信号で止まったすきにノートを取り出し

ハンドルの上で書こうとしたら

「ブーーーーーーー!!!!」

っとクラクションが鳴った。

驚いた。

自分だった。

ハンドルの上は危険だ。

急いで本屋の駐車場に停めて

アイデアを書き写した。

どんどん広がる。

「死んではいけない。死んではいけない。」

これを世に問うまでは絶対に死ねない。

だってこれを発表しないのは

子供達にとって大きな損失だ。



さあ、面会謝絶で超速攻で仕事を片付け

ある方にサンプルを送るぞ!


「オーーーーー!」

って体中の細胞が叫んでいる。


では、



また。
posted by りんご at 13:34 | Comment(6) | 学習塾一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

午前中に

毎日、お昼に読んでいただく方が多いようなので


なんとか午前中にひとつ書きたいが


なんともなりません。


書くことが、ネタが


何一つ浮かびません。




これもすべて私のせいです。


あ、そういえば、昨日おとついでひとつチラシを作った。


みかみ先生のメルマガ
をヒントに


書いたらいいのが書けた。


もちろん「ガビーン」はいれてない。


では。
posted by りんご at 11:34 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

モヤモヤっとされている方へ(私信で〜す!)

こんにちは。

もう、めんどくさいですものね。

いろいろなことがめんどうで

もうほおっておいてくれないかっていう感じで


あまり本質的じゃないところで

周りにごちゃごちゃ言われたり

そんなことまで言うのかい?って思う。

自分が工夫したり

誠意をこめてやったことでも

どんな手柄だって持っていかれちゃう。


もうこのやり方ではあと3年しか持ちませんよ

って言ってるのに何の変化もない

自分には変化させる術がない

あるのかもしれない

さがせばきっとあるのかもしれないけど

そこまでする愛着が足りていない。



誰かが上にいたりあいだにいたり

そういうのは一旦クリアーして

シンプルなところから

もう一度はじめればいいんですよね。


求める人がいて

それに素直にこたえる

困った人がいて

お手伝いできることに喜びを感じる。



そうするとどうして今まで

こんなにも生きることが

複雑だったのか不思議に思えてくる。



あの書類は

あの報告は

あの言い訳は

いったいなんの意味があったんだろうって思う



モヤモヤっとされている方が

そうじゃなくなるためには

複雑なことをやめて

単純に生きることだ。

どうせすぐに物事は

また複雑になっていきますが

そうするとまた思い切って

単純に生きるようにすべきだと思います。
posted by りんご at 23:19 | Comment(0) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

好きなイメージ

そういえば


誰が言い出した言葉だろう。




何か決断しよう、何か始めようって


そう思うときなかなか出来ない。


目の前の信号が青でも


その向こうの信号が赤だったりする。


だからなかなか出発できないが


とりあえず目の前の信号が青なら

 
スタートしたほうがいい。


赤信号はいずれ青信号に変わる。


目の前の信号がすべて青になることは決してない。




もしもすべて青信号なら


おそらく信号機が壊れているから


気をつけたほうがいい。




「出し惜しみしているうちに、それが実力になっちゃうものなんですよね。

 できるんだけどやらないと、それが限界になる。」



この言葉と似ているところがある。


(出典はこちらの9月20日の記事です。)


失敗するかもわからないから


やり始められないっていうのは


もしかしたら成長を止めてしまうことになりかねない。


もしかしたら可能性を自らあきらめていることになるかもしれない。



20代の人は「自分が10代だったらよかったのに」って思う。



30代の人は「自分が20代だったらよかったのに」って思う。



40代の人は「自分が30代だったらよかったのに」って思う。



いつだってそうだ。


だからやり始めるのは


やっぱり早いほうがいい。


経験や知恵より重要なもの


それは「失敗をおそれない」という気持ちだと思う。



posted by りんご at 14:16 | Comment(6) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

『イメージからの発想』森本哲郎(東京書籍)

中3がテスト勉強をしている。


国語の教科書を広げていた。

森本哲郎氏の書いた『イメージからの発想』から

問題が出題されていた。

どれも他愛のない問題ばかりだ。

むしろ馬鹿馬鹿しい設問といえる。



それに比べたら本文は恐ろしい力を持った文章だ。

こんな文章が書きたい!って思わせる文章だ。

世界遺跡をまわって写真を撮るが

いつも電線や電柱、マイクロバスなど

現代的なものが枠の中に入ってしまう。

それを見た友人の写真家は

こんな撮り方じゃダメだと著者に言う



そんなところから始まり

人は「自分のイメージで対象を見ている」ことを言い

ジャーナリストや詩人はその「自分の抱くイメージ」と戦わなければ

月並みなものしか書けないという。

人々が抱くイメージを突き抜けたところに

本当に価値あるものがあるという。


「自分の抱いているイメージとは、自分が作り上げている世界そのものである。

それを否定することは、自分を否定することだ。

どんな人でも、自分をそう簡単に否定できない。

自分のイメージが崩れていくのを誰も好みはしない。」




最後にサハラ砂漠のエピソードが出てくる。

我々のイメージは「砂の海」であるが

実際のところそれは全体の7%ほどで

そのほとんどは「石ころだらけの不毛地や淡褐色の砂丘」だそうだ。



しかし森本氏はその体験を通して別のイメージを持つことが出来た。


「取材とは、規制のイメージが別の新しいイメージに生まれ変わる、

 その道行きのことなのである。」



という言葉で教科書は結ばれている。

まったくカッコイイ文章だ。

途中に突如現れる芭蕉と蕪村もいい。




私の好きな詩人である西脇順三郎が何度も書いている

 詩とは離れた2つの物を並べてみて

 そこに現れる新しいイメージである

みたいな感じで、

これは彼が初めて言ったことでもなんでもないが

私は彼からこういうことを一番学んだ。


今回の森本氏の話によると

人間は自分の持つイメージが崩れることを嫌がる。

私はこれを読んで思ったのは

「だるま落とし」のイメージだ。


いちばん上にダルマさんがいて、

下にあるいくつかの座布団のようなものをトンカチで抜いていく。



抜くたびに不安定な状態に一瞬おちいる。

「崩れるんじゃないか?」って息を止める。


倒れていないダルマさんを確認して

トンカチを相手に渡す。


ひとつ抜かれると今までは離れていたものが

急に隣り合わせになる、

これは今まで離れていたものが

急に隣り合わせに並べられることと似ている。



今、生徒の帰った教室の窓からは

丸い月が見える。

雲がその下をかすめるが

すぐにまた真ん丸く輝く。


その月を見て

お月様ではウサギが餅をついていると思うのか

アポロ計画は本当に成功したのか?と思うのか

「ドロロンえんまくん」のように

空にぽっかりと開いた穴で

閻魔大王の住む世界との扉と見るのか

それはひとそれぞれのイメージだ。


そういったこととはかけ離れた

月のイメージを生みだすような

文章が書けるようになりたいと願っている。



確かに文章をこうやって書いて発表するというのは

ある意味、現実逃避ととられる場合もある。

私の文章が「逃避」ととられるのは

ひとつ飛ばした現実どうしを

ポンとふたつ並べて語りたいって思っているからだろう。

だってそれは読む人にとっては

全く現実の生活では関連のないことで

イメージを崩されるようでおもしろくないのかもしれない。



だからといって「月並みなイメージ」を重ねる必要はない、

そう思っています。




尚、『イメージからの発想』は

「『私』のいる文章」からだそうです。



それでは、


また。


posted by りんご at 22:08 | Comment(6) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

淡水魚のあわいあじわい

昨日は家族で琵琶湖博物館へ行った。


淡水魚(たんすいぎょ)がたくさんいる。


ついでにカイツブリがエサを食べるところも見られる。





私はアユがたくさんいる水槽や


ニジマスがたくさん泳ぐ水槽が大好きだ。






海の魚を集めた水族館は派手で


私もすごく好きだけど


淡水魚を見ていると


水墨画のように


深い味わいがある。




明るいライトの中を泳ぐアユを


目をつむり、思い出そうとすると


内田百蠅僚颪い�


菊の話を思い出す。



ずいぶん昔に読んだので


ほとんど細部を覚えていないが


菊の展示会へ行ったそうだ。


一方向へ歩きながら見たから


目をつむると


今見た菊が


まぶたに映っていて


歩いた方とは逆向きに


菊が流れていく。


そんな話だった。




どことなく淡白さが似ていた。






posted by りんご at 17:18 | Comment(6) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドストエフスキーは上機嫌?

三島由紀夫だっただろうか


それともぜんぜん別の人が言ってたんだろうか


借金を返さなければならないから


ドストエフスキーはあれだけの作品を残したが


彼は書いているときは上機嫌だった


夫婦ゲンカしていても


書いているときは上機嫌だった


残酷で悲惨なシーンを書いているときですら


ドストエフスキーは上機嫌だったって


ホントにそんなこと言ってましたっけ?



知っている人がおられましたら教えてください。


では。
posted by りんご at 16:11 | Comment(2) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

また選挙

これから選挙の手伝いに行ってきます。


過去にこんなのを書きました。


今のスタイルはこの頃できたのかな?


『うぐいす嬢は不足しないのか?』



また、あとで書きます。
posted by りんご at 10:53 | Comment(2) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

『子どもには魚を与えるな。魚の釣り方を教えよ!』

私の住むところはキムタク夫婦が

おしのびでやって来たほど有名な

バス釣りのスポットです。

といってもそんな行列ができるわけではなく

せいぜい一日10人くらいだから

「穴場」なんでしょうね。



魚釣りとは全く関係ない本から

自分が赤線を引いた部分を引用いたします。




平成3年の6月の初版になっている本です。

三好義光著『子どもには魚を与えるな。魚の釣り方を教えよ!』

(主婦と生活社)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私は、教育とは自立させること、だと信じている。

最終的には、親の手を離れるところまで、

子供を育てあげること、これこそが、

教育の本来の目的だと考えている。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そりゃ、親元を離れて

独立して生きていけるようになって欲しい。

不況だからとか

社会が悪いからとか

そんなことを言わないような人間になって欲しい。

そう思います。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

判断力の弱い子どもの後見人として、親が判断するべきことも多い。

しかし、それはあくまでも、子どもの”自立”のためでなければならない。

未熟な子どもにお金と時間をかけて教育するのは、

将来子どもが自分の人生を、自分の意思と力で

切り開いていけるよう、しむけるためである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

いまの親は、

あまりにも子どもに魚を与えすぎているような

気がしてならない。

それも、のどに引っかけては大変と、

いちいち小骨を取ってやって、

あげくの果てにはいい年をした子どもに、

箸ではさんで口に運んで与える。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


けっこう言葉が悪くて気に障る方もおられるでしょう。

けれどおっしゃってる事はもっともです。



子どもをコントロールしようという意思が

見え隠れするような文章ですが

それはそれで気にならない人には気にならない。



塾というものは

一体どっちなんでしょうかね?


塾は魚を与えているのか

魚の取り方を教えているのか。



「ここではむかし魚がよく釣れたから

 常に注意しましょう。

 ポイントだよ。」

とか

「今日は撒き餌のやり方を教えます。

 この方法は重要ですから

 皆さん、しっかりきいてください。」


「今日は君たちが問題を作りましょう。

 そして後半はそれを違う人に解いてもらいますね。」


「これやって、これむっちゃええで。

 これ昨日作った新作パズル。

 むちゃくちゃ難しいって。

 出来ても成績は上がらんけどね」


「さあ、ブログを使った学習を始めます。

 いちばん速く1000アクセスに達した人が勝ちです。

 自由にサイトを作ってください。

 期限は今日からちょうど1週間です」



いろいろあるんでしょうが

塾も2通りになっていくんじゃないでしょうか。

「魚を与える塾」



「魚の釣り方を教える塾」

という2種類に。



どちらも需要があるでしょう。

自分はどっちへ行こうとしているのか

よく考えることがあります。
posted by りんご at 19:19 | Comment(8) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世の中にはもっとたくさんのブログがある

こんにちは、りんごです。


楽天ブログはなかなかよくって


会員の方が来られたら


わかるようになってるし


向こうが自分をお気に入りにいれたら


すぐにわかるようになっている。



親切だ。



それで今日は2人の方のブログを


楽天の方に追加した。



村田 拓先生のブログ


スーパーB先生の意味アリアリ日記。(4代目)です。


どこがブログの名前なのか


わかりませんので


いちおうリンク貼っておきました。





ところで


私のメインのブログはシーサーなので


ここへ来ていただければ

すべて大丈夫なようにはしていますので

心配なさらないでください。


楽天には営業へまわってるみたいなかんじです。



それではみなさん、


わたしのところは大雨ですが、


素敵な土曜日をお過ごしください。



では。
posted by りんご at 12:06 | Comment(2) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月14日

K-1

今、うちの塾でひそかに「K-1」がブームだ。


けっこう難しいペンシルパズルで

K君(中3)が作ったから第1作目だから「K-1」。


これがけっこうよく出来ていて

小学生が束になってかかっても誰もとけない。

これは間違ってるんじゃないかとクレームが続出。



ずっと私もK君も高笑いしていたんですが

今日、二人してあせりました。


答えがないんです。

「K-2」「K-3」・・・はあるんですが

「K-1」だけがない。



あせってみんなで解いたのですが誰も解けない。

そうしたら中2のMさんが解いてしまって

みなびっくり。


彼女は昨年の冬に入ってきたとき

小学生でも簡単に解ける問題が出来ず

私はあきれてました。


しかし彼女の成長はすさまじかった。

彼女のおかげで名作が

名作として残ることになりました。

posted by りんご at 22:15 | Comment(4) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ブル」

数年前、犬を飼おうってことになった。

犬の本を立ち読みしたり

何軒かペットショップや

大きな店のペットコーナーをまわった。



タウンページを見ているとそう遠くないところに

個人でやっているような所があり

興味を持って妻と出かけた。



看板は出ているが、普通の家で、

玄関の扉を開けると

いっせいに奥の部屋の犬が吠え出し、鳴き出した。

奥の部屋のドアが開くと

犬の大群が襲いかかってくるんじゃないかと一瞬、不安になった。



出てきたのは40歳前後の毛むくじゃらの男性で

商売人というよりは

パパイヤ鈴木みたいだった。



応接間にとおされ

古ぼけた革のソファーに座らされた。

犬の臭いがカーペットから

壁紙、カーテン、壁にかかった「子供の絵」にいたるまで

すべてに染み付いているようだった。

革のソファーで座りなおすたびに

ワンちゃんの臭いがズボンに染み入る気がした。



「パパイヤ」は私たち夫婦が犬が欲しい、

けれど犬に関しては完全な素人であるというのを

すぐさま見抜いた。



パパイヤはいろいろと日本各地で

賞をとっている「ブリーダー」だと言った。

まあ、トップブリーダーのひとりらしい。

壁には賞状みたいなものが飾ってあって

もちろんそれにも愛犬のにおいが染み込んでそうだった。

アホな私は「ブリーダーって何ですか?」と

またアホな質問をして

その講釈が延々と続くのを聞いて

「いかに自分がアホか」納得した。





そのあいだにもどんどんズボンに

ワンちゃんの香りが染み付いていく気がした。



パパイヤは言った、

「やっぱり、ブルでしょ」

「えっ?」とアホな私は聞き返した。

「ブルドッグだよ。」


「ああ、なるほど。

 ブルドッグってあのブルドッグですよね」



確かに「ブルドッグ」を縮めて言うなら

「ブル」でしょうね。

「ドッグ」ならわけわからないですもんね。

そりゃ〜、「ブル」が正しいわ。

「ブル」でOK!

けど、「ブル」って「雄牛」のことでしょ?

まあ、いいっか。



「あのね、お宅ら素人にはわからないだろうが

 極めるとね、ブルにたどりつくんだよ。

 だから、よかったら、はじめからブルにしとけば?」


「いや〜、ブルですか?

 キャバリアとかラブラドールとか・・・」


パパイヤはうっすら笑って言った、

「映画と流行りでねえ、

 素人はすぐ飛びつくけど

 極めればブルだね。

 今、いいのが生まれたんだよ

 この前のチャンピオンの血をひいてるからね」

「はあ〜」

「見てくか?」

と言って立ち上がり

パパイヤは小さいブルちゃんを連れてきた。

「かわいいね」

と言いながら妻を見ると表情が完全に固まっていた。

まあ、じっと見てると

ブルも悪くないような気がしてくるから不思議だ。


相手はプロだし、

それでメシ食べてるし

経験もある人が言うんだから

やっぱりそれらしく見えてくる。

志望校を選ぶときにも

プロがこの学校がいい!ってすすめると

いい気がしてくるし

世間で「あの学校はすごい!」って言われると

そんな気がしてくる。
 


我々はどうもその「ブルちゃん」が

欲しいって思わなかったので帰るタイミングを探していた。

奥様がグラスに麦茶をいれて持ってきてくださった。

私は遠慮なく麦茶をいただいた。

妻はまったく口をつけなかった。

犬の匂いでもするって思ったんだろうか?




立ち上がり帰ることに。

玄関へ行くとまた犬の大群が

思いっきり吠えはじめた。

妻と一緒に

「ありがとうございました」

と礼を言って足早に車に向かった。




自分は「ブル」ばかりすすめていやしないだろうか?

人によっては

ゴールデン・レトリバーや

チャウチャウや

柴がいいって言う意見はしっかりある。



それに子供ならなおさら

外見よりも

捨てられた子犬のほうが

自分を必要としているってことで

どうしても手放さないような気がする。

たとえそれが雑種でも

一晩じっくり名前を考えて

かけがえのないものになるだろう。


そんな子に

「ブルはどう?」ってすすめても

全く無意味だ。
posted by りんご at 14:09 | Comment(10) | 学習塾一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

詩で方程式?

最近は「物語で算数」とか

「詩的な算数文章題」に強い反応を示します。

なぜなら生徒が強い反応を示すからです。



それでインドでは詩で算数の問題があるそうです。

作者はインドのバスカラ2世(1113?〜1185?)、けっこう昔ですね、

書物の名は『リーラーバーティー』。


(以下引用)


「蜂の群れ
蜂の群れの
5分の1 はカタンバの花へ
3分の1 はシリードラの花へ
それらの差の3倍の蜂どもは
夾竹桃の花へと飛びぬ。
残されし1匹の蜂は、
ケータキーのかおりと
ジャスミンのかおりにまどいて
ふたりの美しき乙女に
声かけられし おのこのごとく
虚空に迷いてありぬ
蜂の群れは如何ほどか」



『数学者のボヤキ・ツブヤキ・ササヤキ』というサイトから

引用いたしました。

ジャンプしていただければ

問題の解説をされています。



どうもこの方面が面白そうです。

情景が目に浮かぶ文章題っていうのはいいですね。


残されし1匹の蜂は、
ケータキーのかおりと
ジャスミンのかおりにまどいて
ふたりの美しき乙女に
声かけられし おのこのごとく
虚空に迷いてありぬ




無味乾燥な文章題を出して

「さあ、これを解け!

 なぜなら試験に出るからだ。」

ってやっても

嫌いになるだけですよ。





また書きます。


よろしくお願いいたします。
posted by りんご at 12:01 | Comment(9) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『はてなアンテナ』はお好き?

アクセス数が落ち着いた。


やっと元の状態に戻れた。


あんまり気にせずにいきたい。


なんたって私のブログの読者は


ブックマークから来てくださる方がほとんどだ。



新しくブックマークしてくださった方、



ありがとうございます!





いつも読んでいただいている皆さん




ありがとうございます!




ところで皆さん、


『はてなアンテナ』をご存知ですか?


RSSリーダーみたいなものなのですが


自分のいつも読むページ


ブログでもHPでも登録しておくと


更新順に画面に表示され


とても便利です。


同じようにブックマークされてるほかの方の


リストも見ることが出来ます。


見られたくない場合は非公開にもできます。


そして自分のページが何件「アンテナ」されてるかも


登録時にわかります。


ちなみに私のはまえ調べたらこのページは1件のみでした。(あ、自分だわ!)


(ライブドアのほうは2件 自分ともう一方のみ! ありがとうございます!)


私はたくさんの方のページを登録しています。


もちろん登録は無料です。


それでは。
posted by りんご at 09:30 | Comment(6) | 塾とパズルと日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

ピーチ姫を助けることがゲームの目的ではない

『ドラゴン桜』が流行っている。

多分、たくさんの若者が今年は東大を目指すだろう。

もしも東大へ行くことが家庭で義務づけられていたら大変だろうな・・・。

受験というもののゴールは「東大合格」だろうか?



むかし、いとうせいこうさんの小説で

ゲームを一回で全クリしないと死んでしまうっていう小説があった。

『ノーライフキング』でしたね。

3回まで挑戦できるんでしたっけ?




もうはるかむかしに読んだきりで

今の今まで忘れていました。

ラストシーンだけ鮮明に覚えています。




昨日のSachi-netのサチさんのブログで

魅力的な教育・・・目下模索中というのがありました。





スーパーマリオブラザーズだったら、ピーチ姫を助けることがそもそもゲームの目的だった。でも、ゲームをする子供達に果たして本当にそんな意図はあるだろうか。いや、ないでしょう。結果的にピーチ姫を助ければゲームをクリアするだけの話であって、ゲームをする当人達は一つ一つのステージで展開するプレイ自体を楽しんでいるわけです。ピーチ姫には大変申し訳がないが、彼女は付属でしかないんです。




これを子供が勉強をすることにたとえると

わけがわからなくなるし

塾としてもちょっと厳しい部分がある。

つまり子供が勉強をわかることが楽しくて

東大合格はその附属品でしかない?

それはおかしい。

塾としてはやっぱりおかしい。




けれどこれをもし

マリオを塾講師と考えると

別のものが見えてくるような気がする。



ピーチ姫は「東大合格」。

塾講師であるマリオはひとつずつステージをクリアしていく。

そして失敗をくり返し経験を身に付け

見事ピーチ姫を助け出す。



もしもピーチ姫が「東大合格」で

マリオが生徒だとすると

それは「ノーライフキング」のように

失敗できないものになり非常に見ている方もしんどい。



塾講師は毎年受験を体験するが

実際は自分の受験でないところがゲームに似ている。

生徒が東大をあきらめても

別の大学という選択肢がいくらでもある。

それにいくつだって生徒は大学を受けることができる。

東大だけが大学ではない。

受験に関して言うと

中学も高校もある。



しかしほとんどの塾の先生は

生徒に勉強を教えること自体を楽しんでいる。

生徒が理解したときあのひらめいたように

パッと明るくなる表情、

暗記をしていて最後まで間違えずに言えたときの表情、

努力した結果点数が上がった学校のテストの答案を

うれしそうに見せてくるときの表情、

その他、いろいろな喜びがあるから

毎年毎年受験というものをいっしょに戦える。



塾講師にとっての受験は

教えるよろこびや成長する喜びに満ちた

波乱万丈の人生を生きることのできるもので

多少寝なくても

ご飯の時間がなくても

長時間没頭できる

やりがいのあるものになる。





『ドラゴン桜』の影響で

今年は東大を目指す若者が増えると思います。

ほとんどの時間を勉強に費やしているでしょう。

何年もそれだけに賭けてきたんでしょう。

しかしそれは定員が決まっているものなので

合格できない人もたくさん出ます。







けれど悲観する必要はない。

それはせいぜい人生の初めのステージにすぎない。

東大に合格した人は

そのはじめのステージを高得点でクリアしただけだ。

有利ではあるが次のステージをうまくクリアできるという保証はない。





本当のピーチ姫を救い出すには

まだまだ先は長い。
posted by りんご at 18:39 | Comment(2) | 学習塾一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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